ACにみられる恋愛依存症のはなし

私はしっかりと自覚をしているACですが、日本はAC大量産出国といわれるぐらい
自我をしっかりと形成する土壌には恵まれない土地です。
まず宗教、、仏教などにみられる自我の否定や、出る杭は打たれる、長いものにはまかれよ
とか和を持って尊しとすとか、なんだかんだときれいな言葉を言うけれど、結局は自我をなくせ、
何も考えなくなれ・・・・要するに他人のいいなりになってしまうのが楽、何も考えないで感じない
ようになってしまえば悟りを得られるのだ。というような大間違いな風潮があるので、自分が
ACであるという自覚が無い人が多い。
今更だけれども、日本はAC大国であり、そのためにいまのような一部の政治家や官僚たちに
いいように支配されて適当に年貢を納めさせられて、とってもふざけたような制度の中で、
平気で理不尽な生活を強いられていても、理性的に、感謝をすることが運を呼びます。
とかいって何もしないでニコニコするようになってしまう。????
といっているうちに支離滅裂になったので、・・・・話を戻すと、
AC=アダルトチルドレンですが、私もそうです。ですから生き辛いですが、日本人はおおかれ
少なかれ以下のような症状を持っている人も多いかと思い、、ネットから拾ってきたのを
引用した・・

すべて読んでみると、どっかしら自分に当てはまることも多い人もいると思われます。


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恋愛依存症

ACとして育った人は、成長の過程で親からもらった「誤った信念」にとりつかれ、生きにくくなっています。

そうした誤った信念にはいろいろありますが、代表的なものは「親の不幸は私のせいだ」というものです。

これには「あんなに飲むのは私のせいだ」などの罪悪感も含まれます。

そして、極めつけは、「私は生まれてくるべきではなかった」という信念です。

もちろん、「父の飲み過ぎの結果である母の不幸」も自分のせいですから、私たちは母親のカウンセラーの役割を降りられなくなっていることが多いのです。

親代わりになって弟妹たちの面倒を見たり、酔った親をかいがいしく世話したり、食事の準備に頭を痛めたりするのもACの「よい子」たちです。

「よい子でない私は捨てられる」という信念が私たちをこのように駆り立てるのです。



こんな信念を持って育てば、自分の感情を率直に表現できなくなってしまいます。

表現を封じられた感情がやがて麻痺し、生きる喜びも一瞬に消えてしまうのですが、親や兄弟の面倒を見ているうちは忙しくて気づきません。

思春期や青年期、最近では中年期でも多いのですが、そのころになって自分が何のために生きているのかわからなくなって、

毎日がむなしく、退屈で、しかも緊張で疲れるものになります。

そうしたときに、私たちを救うものがアルコールであり、薬物であり、ギャンブルであり、そして何よりも「自分なしでは生きられないような無力な人物」との出会いです。

ACは、こうした依存的な世話をする時に充実感を感じ、元気になるのです。



みなさんの周りにいる人たちの恋愛模様を見て、次のような疑問を持つ人はいませんか?

「なぜ、こんなひどいことをする人とつきあっているのだろうか?」

「どう考えても別れた方がよさそうなのに、なぜ別れないのか?」

「なぜ、いつも同じパターンの恋ばかりをくり返しているのだろうか?」


 

また、自分でも疑問に思っている人はいませんか?

「なぜ、私の恋はいつもうまくいかないのだろうか?」

「なぜ私はいつも辛い恋ばかり選んでしまうのだろうか?」

「このまま彼・彼女と恋を続けていくのは辛い。かといって、別れるのも辛い。どうしたらよいのだろうか?」


 

こうした疑問を読み解く鍵となるのが「恋愛依存症」という概念なのです。

そう・・・アルコールやドラッグが手放せなくなってしまう人がいるように、恋愛やセックスが・・・たとえそれが自分の身や心を損なうことになっても

手放せなくなってしまう人たちがいるのです。

そして実際、アルコール・ドラッグ・買い物・ギャンブルといったほかの数々の依存症の症状やメカニズムと恋愛依存症におけるそれは非常に似通っているのです。



*恋愛依存症とは何かを調べると・・・*

「共依存の苦痛を消すために、『誰かに愛してほしい』『守ってほしい』『私の気持ちを察してほしい』『満たしてほしい』と願う。

そして、それを特定の相手にその幻想をかぶせることが恋愛依存症です。

恋愛依存者は自分の中で幻想が崩れはじめると、強烈な禁断症状に襲われます。

それは『見捨てられること』への恐怖と怒りと痛みです。

その結果、耐え難い苦痛を和らげるため、次のアディクションへ向かうかもしれません。

別の相手、別のセックス、子どもとの密着、衝動的な買い物・・・。

破壊的な行動で自分を傷つけていくのです。」

とありました。ちょっとわかりにくいですね。

ほかには「常に恋愛していなければいけない状態にある人」ともありました。

しかし、今現在、正式な定義はありません。



*恋愛とは・・・*

恋愛の初期段階では、相手のことを考えるだけ、相手の側にいるだけで体中に幸福感がみなぎる『ハネムーン期』があります。

しかし、ハネムーン期には必ず終わりが訪れるため、二人の間に大きな壁が立ちはだかります。

その壁の乗り越えかたにより、今後の行方が大きく別れるのです。

・ときめきを感じなくなった相手に見切りをつける

・惰性でつきあう(ほかに相手がいない、一からまた関係をはじめるのが面倒、別れでごたごたするのが嫌)

・ときめきが薄れてしまったことを素直に受け入れ、様々な方法で愛情のある関係を続けていく

3つ目を選択したとき、同じ愛情でも、その気持ちはときめきからやすらぎに変わります。

この段階で恋愛は安定期に入るのです。

本当の意味で関係を長続きさせるには、安定期への移行は必須なのです。



*特別?*

私たちは、ただ単に生きてる状態ではなく、充実して生きていることを求めます。

そのためには、何かが必要です。

だから、誰でも必ず何かに依存しているのです。

何かに依存していること」と「依存症に陥っていること」とは違います。

問題なのは、依存の対象とその程度です。

依存の対象が社会的に認められないものであったり、健康や精神・社会生活をむしばむもの、それなしでは生きていく力が極限に低い、何らかの害を及ぼしている・・・。

それだけの生活が中心になり、それにとりつかれているのが依存症です。

薬物やアルコールは比較的依存症状態ととらえやすいのに対して、恋愛は誰にでも起こり得るゆえに気づいていない人がとても多いのが特徴です。

あなたは自分が「恋愛依存症におちいってない」と言い切ることができますか?

今の恋愛で大丈夫ですか?

何度もいいますが、ごく一部の人の特別な症状ではありません。



*誤解*

恋愛依存症に対する誤解が多いのも事実です。

依存症という言葉から、頻繁に・数限りなく・際限なくというイメージが浮かんでくるかもしれません。

そのため、恋多き人、とっかえひっかえしている人を恋愛依存症だと思いがちですが、たった一度の恋でも依存状態に陥ってしまうことがあるのです。

そして、認識していない人がたくさんいます。

また、恋愛依存症は本当はとても深刻な問題です。

第一に恋愛依存症はほかの依存症を併発して患うことがあります。

愛の苦しみから逃れるために、また別のものに依存してしまうのです。アルコールや薬・・・

逆の場合も同じです。

第二に、恋愛依存症は人間関係そのものの苦しみだからです。

他者と適度な関係を保つことが難しいため、恋愛委に限らず様々な人間関係で苦労してしまいます。

第三に相手の要因による影響が考えられます。

相手からの精神的虐待だけでなく、身体的に暴力を受けたりします。



*ACが共依存者・恋愛依存へ*

-必要を必要とする-

他人が自分を必要としていることがわかれば、大きな充実感や安心感を覚えます。

他人が自分を必要としている手がかりが得られないと、激しい落ち込みに襲われます。

つまり、ACは「他人が自分を必要としてくれている」=「自分は生きている価値がある」という図式が頭の中を渦巻いているのです。

ですから、生きていく証拠を何とか探そうとするし、見つからない場合は、自分からリーダーや世話役をかってでるなど、そういった状況を作り出そうとします。

それは強迫的ともいえるレベルです。

自分の存在価値はあくまでも他人次第になっているのです。

-救済者になりたがる、相手を放っておけない-

相手から必要とされるだけでなく、もっと自分から積極的に働きかけて、相手を救いたいという欲求にかられます。

誰にでも人を助けてあげたいという欲求はありますが、その欲求は並はずれて強く、人助けをせずにはいられないのです。

相手もはじめは感謝していたのに、だんだんそれが重荷に変わっていくケースがよくあります。

役に立たなければいけない、という強迫的なレベルにあるからです。

上で述べた共依存者が恋愛相手に選ぶタイプは、問題を抱えた人が多いことが納得できるでしょう?

問題を抱えた人ほど、救いがいがあるからです。

-常に自分を後回しにする-

「自分の幸せよりも相手の幸せ」が合い言葉になっています。

親が楽しそうにしていれば、子も楽しい。沈んでいれば、自分が楽しくてもそういうそぶりができない。

子どもの頃、親の顔色をうかがって行動を伺って行動を決める経験は誰にもあるはずです。

ACや、ACから共依存者になった人は、そういった傾向をずっと持ち続けているのです。

友人や恋人の顔色を伺い、行動を敏感に察知し、それに応じたかたちで自分の言動や行動を調節します。

相手が不機嫌そうな場合は、あたかも自分の責任であるように・・・。

強迫的に自分よりも相手を優先させてしまうのは、自分で自分のことを価値のない人間と思いこんでしまっているからです。

-現実を見つめることができない-

自分にとって都合の悪いことや認めるのが苦しいことは、無視されるか、自分が都合のいいようにねじまげられて認識されています。



*わかっていても・・・*

脱出が難しいのです。

人の心には、「自分で意識できる領域・意識」と「自分自身では意識できない領域・無意識」とがあります。

共依存は「無意識」の領域に存在するため、自分で気づくことも、どしてそうなったのか原因を知ることも、依存状態から抜け出すことも難しいのです。



*永遠に求めるもの*

産まれた当初、親は絶対的な存在であり、自分にとっては奴隷に等しい存在です。

このときは自分と親とは別々の人間だと区別することができないのですが、成長していくうちに、別の人間であることを学習していきます。

子どもが分離・独立の段階をスムーズに通り抜けるためには、親が「受け入れ」と「突き放し」のバランスがいかに保てているかにかかってきます。

このバランスがうまく保てなかった場合、親から得られるはずであった愛情を永遠に求め続けてしまうのです。(ACの特徴)

その「失われた愛情」を当の親自身から取り戻すことは、現実には難しいです。

すると、私たちは恋人を親代わりにして、その失われた愛情を取り戻そうとします。これが恋人にしがみつく理由の一つです。

つまり、あなたを襲うネガティブな感情は、今の自分や相手に原因があるのではなく、過去の傷が開かれようとしているからなのです。



*愛されるわけがない*

成長には1つ1つ発達段階があります。

乳児期の発達課題、幼児期の発達課題、少年期・・・前の段階の発達段階をクリアして、次の段階に進みます。

しかし、解決されなかった課題は、「自我の未熟」になって望ましい影響をいつまでも私たちにあたえ続けます。

その発達段階の一番はじめに来るのが、「基本的信頼関係」「基本的不信感」といわれる段階です。

この基本的信頼関係は乳幼児期に得られる感情であり、この段階で信頼を得られなかった場合は、

自分自身を愛せない・ありのままの自分を受け入れられない人間になってしまいます。

「何が特別なことをしていないと愛してもらえない」という信念が、深層心理の中に形成されてしまうのです。


 

これが、「必要とされることを必要とする」「ひどい状況・ひどい相手でも我慢する」「常に自分を後回しにする」理由です。



*恋愛依存症のパターン*

共依存タイプ・・・尽くしすぎたり、ひどいことをされても苦しみながらひたすら耐えてしまったり、

「やっかいな人」ばかりを恋の相手として選んでしまったりと「辛い恋」にはまりやすい人たち

ロマンス依存タイプ・・・とにかく刺激がほしくて、ドラマチックな恋愛にはまりやすい、そういう恋愛にしか興味をしめさない人たち

複数恋愛をしがちであったり、不倫や手の届かない相手への恋に陥りやすい、短期間しか恋愛が続かない人たち

回避依存タイプ・・・心休まる親密さや愛情・幸福を自ら避けてしまう人たち

セックス依存タイプ・・・心の苦しみを性愛でしかいやせなくなっている人たち



*男女関係*

恋愛依存症に陥った人がなりやすい関係です。

①交際期間が短い

交際が1人につき数ヶ月程度で離別することが多くなります。

出会った当初は互いに遠慮して好ましい部分しか出さないし、心の充足感、征服感、高揚感を十分に味わえます。

しかし、時間が経過すると人間同士のぶつかり合いが出てきます。

心を癒すための交際であったのが、逆に心を疲れさせてしまい、心の重荷になってくると、恋愛依存症当事者は男女関係そのものをうちきってしまいます。

その期間がおよそ数ヶ月です。

②交際していないときはない

恋愛依存症に陥る人にとって、パートナーの存在は心の精神安定剤であるから、欠かすことはできません。

パートナーがいない場合は、不安で落ち着きがなくなり、日常生活に支障をきたすことになりかねません。

男女交際の休止期間は、ないか、あっても短いものになります。

③交際相手の数が多い

交際期間が短く、交際していないときがないのだから、数が増えます。

④歳の差が大きい

恋愛依存商社に陥る人は、パートナーとの深い関係になることを嫌います。

そこで、交際相手を選択する場合、歳の差の開いた相手を選択しがちです。

同年代の人とのつきあいは自分の懐深く入り込まれる恐れがあり、かえって自分が動揺させられるからです。

⑤交際相手も恋愛依存症かアダルト・チルドレンである

前者は、同じ問題を抱えているものは共感しやすく、両者とも補充のための相手を探しているので、容易に関係が始まります。



*クロス・アディクション現象*

恋愛依存症に、アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症、仕事依存症、過食症、買い物依存症などを合併する場合があります。

このように複数の依存症を合併する現象を「クロスアディクション」といいます。



*「共依存」する配偶者を選ぶ*

機能不全家族に育ち、心に傷を負った子どもは成人して配偶者を求めるとき、特有の選び方をします。

娘の場合は、優しい人、指導力があって頼れる人、思い通りになる人、を選びたがります。

(親から冷たく扱われ、親からの愛情供給が少ないので、何をさしおいても温かく、穏やかで情緒の安定した人を望みます。

女性自身が自分に自身がないので、行動力があり頼れそうな人に惹かれます。)

息子の場合は、女性に対して、美人や高学歴の人、甘えられる人を求める傾向があります。

(男性の場合は自分の劣等感を配偶者の学歴や美貌で補おうとします。

母の支配によって自尊心の成長を妨げられ、自己表現が制御された男性は、母と同じ役割を持った支配的な妻を選択します。)

機能不全家族に育ち、心に傷をもち、支配と被支配の役割を持つ男女が互いに求めあう配偶者選択を「共依存」と呼びます。

共依存夫婦は困難な道のりをたどります。

理由は

①支配権を奪い合う

もともと妻は支配的です。

夫は妻に甘えていますが、その反動で背伸びをしたり、支配権を求めようとしたりします。

夫婦は衝突しますが、二人とも妥協や譲歩ができません。

②会話がかみ合わない

二人とも会話が苦手なので、普段からコミュニケーションは少なくなります。

③欠点をなじりあう

結婚して時間がたつと、相手の欠点がよく見えるようになります。

互いの短所に目をつぶり、長所に目を向けていこうとしなければいけませんが、共依存夫婦にはそれができません。


 

共依存夫婦に生まれた子どもたちは、新たに両親からトラウマをうけ、心に傷を負います。

共依存という配偶者選択を鍵に何世代にも渡って心に傷を負う子どもを生みだしていきます。



*セックス依存症とは*

恋愛依存症の中でも重症なのがセックス依存症です。

セックス依存症の特徴

①相手の人間性に対しての好いた惚れたがないので、異性の対象が不特定多数になる。

②セックスの場所が多様になる

③セックスの方法も多様になる

④男女の間に金銭のやりとりが介入することもある

⑤引き起こされる問題が重く、多くのリスクを伴う

援助交際や風俗通いもこの中に入ります。



*恋愛依存症は病気です*

恋愛依存症は回復可能な病気です。

そのための治療法は・・・

①男女関係に悩む

②恋愛依存症の背景に心の傷があることを認める

③心の傷を癒す

④心が健康になる

⑤恋愛依存症にみられる男女関係がなくなる

というかたちで進められます。



さいごに・・・

ACのあなたの中には、もう一人「小さなあなた」が住んでいます。

そのあなたを、今のあなたの年齢まで育ててこなければなりません。

それができるのは、当の親からではない、あなた自身です。


 

あせらなくていい。

あなたが「辛い恋」「苦しい恋」に走らないことを・・・

ありのままのあなたを愛してくれる人があらわれることを祈っています。
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by 135215 | 2008-06-06 00:29